もうひとつの「ボーン・イン・ザ・USA」 [音楽の聴き方]
<原題> 「Born In The U.S.A.」
<収録アルバム> 『Born In The U.S.A.』Bruce Springsteen(1984年)
<作詞作曲> Bruce Springsteen
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“ロック音楽史上で、これくらい誤解を受けた曲もないかもしれない”
ーーー村上春樹
実はわりと最近まで、僕もこの曲を誤解していた一人だ。
同じように、この曲をアメリカの誇りや希望を歌った、
アメリカ讃歌だと思っている人も多いんじゃないだろうか。
ところが実際はまったく逆で、むしろアメリカの影の部分を歌った、
アメリカ憂歌とでもいうべきものだ。
ここで歌われているのは、ベトナム帰還兵の厳しい現実で、
「これがアメリカという国の姿さ」と、憂いているのである。
でも一体なぜ、こんな誤解が生じたのだろう?
とその前に、原曲をご存じない方はこちらをお聴きください。
「Born In The U.S.A.」
http://www.youtube.com/watch?v=QFUhglYDSMs&feature=related
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要因は主に3つあると思う。
ひとつは、作り手であるブルース側の責任だ。
曲のイメージを決定する要素には、歌詞の他にもメロディや楽器、
歌い方、アルバムジャケットやビデオクリップなどいろいろあるが、
この曲の場合、歌詞以外には本来のメッセージをあまり感じない。
それどころか、逆のメッセージに受け取れてしまうものが多い。
例えば、タイトルの「Born In The U.S.A.」。
「アメリカに生まれた」という言葉だけからは、
誇りを感じることはできても、否定的なニュアンスは感じられない。
また、力強くハンマーを打ち降ろすようなやリズムや、
威勢よくシャウトするボーカル、
華やかなキーボード、連呼される「USA」などは、
いかにも、アメリカ万歳といったムードを感じさせるし、
それは、アルバムジャケットの星条旗や、
マッチョなブルースが拳を振り上げ、力強く歌うミュージック・ビデオなどの
ヴィジュアル・イメージにおいてもそう。
つまり、真犯人(歌詞)が自白してるってのに、
あらゆる状況証拠(歌詞以外のイメージ)が別の犯人を示していて、
それにみんな、まんまとひっかかってしまったわけだ。
そしてそんな状況証拠を作り出したのは、ブルース本人だってこと。
これはおそらく確信犯で、ブルースは皮肉を込めたつもりなのだろう。
でも、すでに彼のファンだった人や、レコードを買って歌詞を読んだ人ならいざ知らず、
ラジオから流れるこの曲で初めてブルースを知った、当時中学生の僕のような人間には、
その真意を理解するまでには至らなかった。
いや、歌詞カードなんかなくても理解できるはずの、
本国アメリカ人でさえ、多くが誤解してるのだから、
日本人の僕が誤解していたとしても、不思議はないのかも知れない。
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2つ目の要因は、社会的な背景だ。
真犯人を誤解させるような、状況証拠を作り出したのはブルースだとしても、
その状況証拠を元に、意図的に別人を犯人に仕立て上げたといえるのが、
ときの大統領レーガンだ。
この曲が入ったアルバム『ボーン・イン・ザ・USA』が出た1984年は、
レーガン政権2期目をかけた選挙戦の年。 結果はもちろんレーガンが勝利するわけだが、
ベトナム戦争で失った威信を回復し、不況を脱するべく、
「強いアメリカ」を掲げたレーガンは、この曲の持つパワー、力強さ、
「USA」というフレーズを、政治的プロパガンダに利用した。
それが「強いアメリカ」を体現するヒーローを求めていた、
国民の潜在的な欲求にハマったのだろう。
ロサンゼルス・オリンピックなどの祝祭ムードの高まりも手伝い、
この歌の、国威発揚的な(偽りの)イメージはやすやすと受け入れられた。
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3つ目は、そもそも人は音楽を聴くとき、
歌詞をどの程度理解しているのか、という根本的な問題。
これについては、僕が大学のときに講義で聞いた、興味深い実験の話がある。
それは、被験者に中島みゆきの「悪女」の、2つのバ-ジョンを聴き比べてもらい、
そのあとで歌詞の内容について問うというもの。
「悪女」は1981年にヒットし、オリコン1位にもなった彼女の代表曲である。
当時メディアでも頻繁にかかり、誰もが一度ならず耳にしていた曲だ。
彼女の歌い方は、決して聞き取りにくいものではないし、
歌詞にしても、とりたてて難解なものとはいえないだろう。
ところが実験の結果、多くの人が歌詞の内容を無視するか、
逆の意味で捉えていたという。
実際には、悪女になれない女心を歌ったものだが、
タイトルに惑わされたのか、悪女の歌だと思った人が多かったようだ。
これは音楽において、歌詞(メッセージ)がいかに曖昧な存在でしかないか、
ということを表すひとつの例であり、
音楽における音の優位性というものを示唆しているだろう。
「悪女」や「ボーン・イン・ザ・USA」のような、
比較的容易な歌詞でさえこうなのだから、
もっと抽象的で難解な歌詞の曲を、どれほど聞き手が理解できるというのか。
(もちろん歌詞をじっくり読むというなら別である)
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こう考えると「ボーン・イン・ザ・USA」は、
まさに誤解されるべくして誤解された曲、ということになるのではないか。
そこで、分かる人だけに分かればいい、と開き直ることもできるが、
実直なブルースはおそらく、この誤解を解こうをしているように思える。
ここにもうひとつの「ボーン・イン・ザ・USA」がある。
近年のライブだと思うが、ブルースのギター弾き語りによるバージョンだ。
(YouTubeには他にも幾つか弾き語りバージョンがあった)
音楽的な虚飾が削ぎ落とされた分、本来のメッセージが浮き彫りになった気がする。
このバージョンを聴けば、もはやアメリカ讃歌と思う人はいないだろう。
もともとこの曲は、『ボーン・イン・ザ・USA』の前のアルバム『ネブラスカ』用に、
自宅の4トラックで、弾き語りによって録音されていたというから、
こちらの方が、より本来の意図に近いバージョンといえるだろう。
果たしてこのアレンジで出ていたら、
おそらく、それほどヒットしなかっただろうし、
今のブルースもなかったかもしれない。
どちらがブルースにとってよかっただろうか…
ただ、このもうひとつの「ボーン・イン・ザ・USA」は、かなりかっこいい。
僕はこれまでのシングルバージョンもエネルギッシュで好きだが、
この弾き語りバージョンで見せる、トーキングブルース的なボーカルや、
12弦をかきむしるような、荒々しいスライドギターには、ただならぬ気魄を感じる。
そこには、今度こそメッセージを理解して欲しい、という思いが強く感じられる。
深いですね~。
Nebraskaまでは揃えてるんですが、その後は何も持ってないという、極端な聴き方してます。
by substitute (2008-07-17 22:06)
substitute さん、nice!&コメントありがとうございます。
僕も『ボーン・イン・ザ・USA』と『明日なき暴走』くらいしかまともに聴いたことありませんでした。これを機会に他のも聴いてみましたが、全部レンタルなので、CDは1枚もなかったりします…
by walrus (2008-07-18 04:17)
コメントが遅くなりました^^;
この曲と同じように誤解されてる曲といえば。。。
イーグルスの”あの曲”だと思います^^。
この曲。
誤解される原因は当時のBRUCEのルックスやパブリッシングにも原因があるとは思いますが。。。
拳う突き上げて。
♪ぶぉ~んぃんだぁゆぅ~ぇすえぇい~♪
これじゃぁね(笑)
レーガンだけじゃなくモンデールもこの曲を歪曲して引用してましたね。
それだけ影響力があった曲なのは確かなわけで。
こんな背景を知ってるから。
僕はこの曲があまり好きになれませんでした。
来日公演のときは盛り上がってたくせに(汗)
でも。
ふと目にした文章で。
アメリカを愛してるからこそBRUCEはこの曲を世に問うた。
みたいなことを読み。
変に納得しちゃいました。
愛してるからこそ。
きちんと物言いができる。
そんな姿勢を羨ましく感じたり。
この姿勢。
最近作までのBRUCEの1本の芯となってるような気がします。
だから、あんなに共感を生むんだろうなって。
いつまでも現役として言葉を届けられるんだろうなって。
「悪女」
僕はアルバム・ヴァージョンの方が好きですw
久々に『寒水魚』聴きたくなりました。
10年以上聴いてないや^^;
by DEBDYLAN (2008-07-24 00:42)
DEBDYLANさん、nice!&コメントありがとうございます。
僕はこれまでサウンド重視で、歌詞をあまりちゃんと聞いてこなかったので、この曲のように勘違いしてる曲がけっこうあるんじゃないかと思います。最近ではなるべく歌詞も読むようにしていますが…
それにしても、改めてPVのブルースをよく見ると、
激しい憤りが表現されてることに気付きます。
イーグルスのあの曲って、あの曲ですよね?
それもいつかとりあげてみたい曲です。
by walrus (2008-07-28 02:51)
初めまして。ひょんなことから記事を拝読し、
Posterousに記事をクリップさせていただきました。
http://mindgater.posterous.com/born-in-the-usa
もし何らかの支障を来たしたり、あるいは気分を
害されたなら然るべき対処を致しますので
遠慮なく仰って下さい。
本題なのですが、自分はこの曲の歌詞を意識したのは
「黄色人種を殺した」という一節が入っているという
事実を知ったからです。それまでは単純に
アメリカを愛するアンセムだと思っていました。
歌詞を読むと、何だか胸が痛くなってきます。
ベトナム帰還兵が様々な精神的外傷を背負ったり、
帰還してからも社会に適応出来なかったりという
苦労は時々目にすることがあったので。
主人公に対して問いかけられる台詞としての
"Sir, Don't You Understand?"
「お前、まだ分からないのか?」
この部分がとても悲しく聴こえます。
スライド・ギターを演奏するボスの姿、堪能致しました。
まだまだボスのファンとしてはにわかなので、
ゆっくり彼の世界に入ることにします。
いい記事をありがとうございました!
by mindgater (2008-09-18 15:07)
はじめまして、mindgaterさん!
ご訪問&コメントありがとうございます。
この曲、いろいろ考えさせられますよね。
僕が特に感じたのは、音楽におけるメッセージ性、
アーチストと聴き手の関係、そもそも音楽の聴き方って?
というようなことでした。
その辺は当ブログのひとつのテーマでもあり、
折に触れて、思うがままに語っていきたいと思っています。
> いい記事をありがとうございました!
いえ、拙い記事ですが、少しでも共感していただけたのだとしたら、
僕としても嬉しい限りです。
by walrus (2008-09-20 03:46)