「ディア・ドクター」(2009) [映画の観方]
<監督・脚本> 西川美和
<出演> 笑福亭鶴瓶、瑛太、余貴美子
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人間ていうのは、矛盾し、誤解し、変化する生き物だ。
そのうえ嘘までつくのだから、始末に負えない。
だから簡単に相手のことを理解したつもりになんてならない方がいい。
この映画を観て、改めてそんなことを思った。
西川美和監督の「ディア・ドクター」。
相変わらず人間の深いところをついた脚本が見事だ。
「ゆれる」ほどドロドロではないけど、トロっとしたあんかけのような…
最近の日本映画ってサラサラしたのが多いでしょ。
いや分からないけど…でも何かそんなイメージなんです。
それか、何か狙ったような、エキセントリックなものだったり。
だからあまり観たいと思うものがないんだけど、この監督さんだけは別。
■
過疎地の医療の実情を描いた社会派ドラマであるとか、
ある男の失踪にまつわるミステリー、といったテーマは表層的なもので、
西川はもっと人間の奥深くにあるものを、えぐり出そうとしているように見える。
彼はなぜ嘘をつくことになったのか?
そこに愛はあるのだろうか?
どうして彼らは騙されたのだろうか?
本物とは何だろうか?
…
鶴瓶の演技力には、少々疑問もあるが、
ときどきもの凄く自然な演技を見せていたし、
何よりミステリアスな(うさん臭いともいう)主人公役に、
善人にも偽善者にも見える鶴瓶は、ぴったりなように思えた。
■
真っ向から深遠なテーマを描きながら、
決して重苦しくなく、また野暮ったくもないのは、
西川が女性であること、あるいは監督としては若手であることと
無縁ではない気がする。
何気ないカットの中に、ときどきドキっとさせられるものがあって、
どう考えても大ヴェテランのおっさんのセンスではない、
女性ならではの視点や感性を感じる。
(でもそれは、彼女が女性であると既に知っているから、
そう思うのかもしれないが…)
音楽のセンスにしてもそうだ。
オープニングはブルース・ハープをフィーチャーしたアコースティック・ブルースだし、
研修医(瑛太)の乗った車から流れてきたのは、ファンク調の曲だ。
ちなみに音楽を担当しているのはモアリズム。
誰?と思ったら、「ゆれる」でも音楽を担当していた、
カリフラワーズのヴォーカルを中心に結成されたバンドらしい。
「笑う花」モアリズム
「ゆれる」もエンディングがよかったが、今回も見事な着地を決めてくれた。
意外で、そして心あったまるラストがいい。
「アメリカン・ビュ-ティ-」(1999・米) [映画の観方]
<原題> American Beauty
<監督> サム・メンデス
<出演> ケヴィン・スペイシ-、アネット・ベニング、クリス・ク-パ-
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■
タイトルの陽気で華やかなイメ-ジとは裏腹に、
この映画の登場人物たちは、みなそれぞれに問題を抱えて生きている。
さえない中年男(ケヴィン・スペイシー)の自己再生物語を軸に、
家庭内不和、リストラ、銃、暴力、麻薬…といったアメリカ社会の暗部が、
まるでタペストリ-のように、巧みに織り込まれてゆく。
ただ監督のサム・メンデスと、脚本家のアラン・ボールは、
決して深刻なタッチでなく、あくまで軽妙に、ユーモアを交えながら、
スタイリッシュに描いてみせる。
また、クライマックスへ向けて、サスペンス的な仕掛けもあって、
ミステリーとしても楽しめる趣向だ。
この映画でオスカーを獲得した、ケヴィン・スペイシーがとにかくいい!
(僕の大好きな俳優の一人です)とくにラストは必見!!
またクラシックロック・ファンには、使われてる音楽もたまらないだろう。
■バラが象徴するもの
「アメリカン・ビュ-ティ-」というのが、バラの品種のことだと知ったのは、
映画を見に行って、しばらく経ってからのことだ。
(ポスターに写っている、深紅のバラがそれ)
映画の中でこのバラは、主人公の庭に植えられていたり、
妄想のシ-ンに登場するなど、象徴的な使われ方をする。
ひときわ印象的なのが、「バラの海に浮かぶ、ブロンドの美少女」のシ-ン。
非日常的で、妖艶な美しさに彩られたこのシーンは、
この映画の最大のハイライトのひとつだと思う。
このバラが象徴するものは、まさしく、
「アメリカ的な美しさ(アメリカン・ビューティー)」だろう。
ここで言う「アメリカ的な美しさ」とは、
華やかで力強く、
誰が見ても美しいと感じるような、絶対的な美しさ。
それはまた、アメリカ的価値観の象徴でもあるだろう。
例えば、この映画に出てくるような、郊外型住宅、自家用車、
ハンバーガー、バスケットボール、ブロンドの少女、ロックンロール…といった
いわゆるアメリカ的なものすべての象徴だ。
それは、経済と文化の中心であり、強大な軍事力に裏打ちされた、
世界のリ-ダ-である、強いアメリカ(という幻想)を背景とした価値観であり、
物質的豊かさを追求する価値観、と言い換えてもいい。
しかしこの映画は、そんなアメリカ的価値観が破綻したところから始まっていて、
登場人物たちの閉塞感も、そこに起因している。
娘や妻からつまはじきにされる主人公、上昇志向が強く、ライバルと不倫する妻、
男性経験を自慢する美少女、
ゲイであることを隠す元軍人など…
それぞれ虚勢をはって生きている姿が描かれる。
そんな行き詰まりを見せる、アメリカ的価値観に対し、
この映画は、別の価値観を呈示してみせる。
■「美」は見いだすもの
“...look closer(もっとよく見てみよう)”というのが、
この映画のキャッチコピーだ。
そしてメイキング映像の中で、アラン・ボールも言っているように、
“疲れきった日々の中で静かに人生を見つめ直し、「美」を見い出すべき”
というのが、この映画のメッセージである。
つまり「美」は見いだすものであり、
そのために「よく見る」必要があるというわけ。
「美」とは、もっと身近に溢れてるもので、
僕らはただ、それに気付いていないだけだと。
それを見いだすためには、見せかけの美や、既存の価値観にとらわれず、
物事をさまざまな角度から「よく見」て、その内面に迫ることが要求される。
それこそが、本質的な美の追求であり、幸福につながるというのだ。
それはもっと個人的で、観察する人個々の価値観を反映するものであるはずだ。
このような日常の美を、もっとも印象深く切り取ってみせたのが、
「捨てられたビニ-ル袋が風に舞う」シ-ンだ。
http://jp.youtube.com/watch?v=UDXjnW3nIWg
捨てられたビニ-ル袋は、本来「美」とは最もかけ離れたものだが、
足を止めて「よく見る」ことによって、まるで落ち葉と戯れるように、
優雅にダンスをするビニール袋の微笑ましい姿が見えてくる。
何気ない日常的な一コマを、ドラマティックなものへと変貌させてくれるこの場面は、
深く心に響くものがあると同時に、大切な何かに気づかせてもくれるだろう。
■アメリカ的価値観から脱アメリカ的価値観へ
「バラに浮かぶ美少女」と「風に舞うビニール袋」は、
まるで対照的な美しさを描いたものだ。
「絶対的な美」に対して、「相対的な(個人的な)美」、
あるいは「非日常的な美」に対して、「日常的な美」というように、
二つのシーンに象徴される、それぞれの価値観の対比は、
この映画に明確なコントラストを与えている。
前者を従来の「アメリカ的な美(価値観)」とするなら、
後者は「脱アメリカ的美(価値観)」とでもいうものであり、
この映画で描かれているのは、
いわば「アメリカ的美」から「脱アメリカ的美」への
パラダイムの転換であると言えるだろう。
■カメラの意味するもの
この転換において、触媒の役割を果たしているのが、
ビデオカメラであり、また鏡やガラスといった「何かを映し出す」ものだ。
それらは、「異なる視点」を暗示させ、
とくにビデオは、対象を「よく見る」行為の象徴として、
重要な役割を果たす。
「ビニール袋のシーン」は、青年のビデオカメラによる映像で、
普段なら見過ごしてしまいそうな光景を、青年の視点を通して気づかせてくれる。
このように物事を、異なる視点から、また積極的に見ることが、
「よく見る」ということであり、
それによって、それまで気づかなかった美しさを見いだすことが出来るのだ。
■
この映画が公開されて、もう10年以上になるが、
そのメッセージは、いまだに古びてないようにみえる。
10年の間、それまでの価値観を大きく揺るがすような出来事が幾つも起こった。
同時多発テロ、イラク戦争、100年に一度と言われる金融危機、
そしていま、黒人初の大統領が誕生し、再び価値の変革が迫られている。
この映画のメッセージはむしろ、今という時代にこそ呼応するのかもしれない。
最後に、僕が買ったDVDには、コメンタリーがついているのだけど、
これが実に充実している。
本編に沿って、監督と脚本家がコメントをつけたものと、
スト-リ-ボ-ドと実際の映像を比較しながら
監督と撮影監督がコメントしているものの2種類があって、
構図やライティング、カメラワ-ク、美術など、
どのような意図で行われたかが、事細かに語られていて、とても興味深い。
★Today's Set
1. American Woman(The Guess Who)
2. All Along The Watchtower(Bob Dylan)
3. Use Me(Bill Withers)
4. The Seeker(The Who)
5. All Right Now(Free)
やっと出た! [映画の観方]
「8 1/2」がようやく(ようやくですよ!)初DVD化されたことを知り、
もちろん即購入しました。何てったって、僕がもっとも好きな映画ですからね。
他は持ってなくても、これだけはDVDで持ってないと!
これまで待たせたファンへの配慮か、愛蔵版ということで、
特性ケースに、豪華ブックレット、フォトカード付き。
さらに特典映像として、「ザ・ロスト・エンディング」というドキュメンタリーも。
これは、当初予定されていた列車のシーンによるエンディングを、
残された写真とインタビューによって回想するというもの。
実際のシーンが残ってないのは残念だ。
おまけに昔のことなんで、よく覚えてないっていう人もいたりして。
ただアヌーク・エーメは相変わらず綺麗でしたね。
もう随分な歳のはずだけど。
「龍馬暗殺」(1974) [映画の観方]
<監督> 黒木和雄
<出演> 原田芳雄、石橋蓮司、桃井かおり、松田優作
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何度見ても飽きない、そして何度も見たくなるような映画です。
冒頭からしていい!何かを予感させてくれる始まりである。
いい映画というのは、アタマの3分を見ただけで、なんとなく分かる。
まるで黎明期の映画のような、古びたモノクロ映像は、
幕末にタイムスリップしてしまったかのよう。
照りつける陽射しや、風にこすれる葉の音、土の匂いなどにさえ
幕末の空気がしっかり宿っていて、
これはリアルなドキュメンタリーじゃないかと
一瞬、錯覚を覚える。
原田芳雄と石橋蓮司が、たまらなく魅力的。
まだ若い松田優作、桃井かおりの初々しさも見所だ。
しかし何といっても、原田のギラギラした存在感。
生命体としての圧倒的な格好よさ。
本当にうまいですね、この人は。
演技をしているようには見えないもの。
次元が違うというか。
龍馬がとても人間臭く、生き生きとして見えるのは、
原田の演技によるところが大きいと思う。
製作のATG(日本アート・シアター・ギルド)は、
非商業的な芸術映画の製作を目的に設立されたわけですが、
この「龍馬暗殺」は娯楽作品としても、十分楽しめる内容になっていて、
娯楽とアートが、高い次元で無理なく融合した傑作だと思う。
まだまだ観ていない映画はたくさんありますが、
今まで観た日本映画の中では、文句なく一番。
いや、というより、もはや日本映画という枠を軽々超えてます。
「インランド・エンパイア」(2006) [映画の観方]
<原題> Inland Empire
<監督> デヴィッド・リンチ
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新作が公開されれば、無条件で観に行きたいと思う唯一の映画監督が デヴィッド・リンチだ。リンチの作品では「イレイザーヘッド」が好きで、これは僕のフェイバリット映画ベスト5に入る。
しかし「ツインピークス」だけはまだ観ていない。人にそのことを話すと、ちょっと怪訝そうな顔をされる。リンチファンのくせに「ツインピークス」を観ていないなんて、という顔だ。確かにそう言われると何も言えないが、リンチといえば代表作は「ツインピークス」というイメージが根強いんだなあと思わせられた。
決して敬遠している訳ではないのだが、「ツインピークス」はまあテレビドラマだし(映画版もあるが)…というような言い訳をしつつここまで来てしまった。自分でも観なきゃなあ、というかぜひ観たいとは思うんだけど、いかんせん全部観るのに時間がかかるので、なかなか踏み込めないでいる。
だいたい自分はすべてを網羅する、ということがどうも苦手である。コミックも全巻揃えたことがない。あと1冊で全巻というとこまでいったことはあるのだが、結局揃えることなく終わってしまった(いやまだチャンスはあるか)。そのときはすでに人に借りて読んでしまったというのもあるが、いつでも揃える気になれば揃えられるというのもあって、そのまま来てしまった。
人に言わせればそういう歯抜けの状態は気持ち悪いそうなのだが、僕はあまり気にしない。CDなんかでも、ある程度作品数のあるアーチストで、全部揃ってるなんて、ビートルズとツェッペリンくらいしかないんじゃないか。それも揃うまでかなりの時間を要している。だから好きなアーチストのものは何でもかんでも全部持っていなくては気が済まない、という人の気が僕にはちょっと分からない。
と話は逸れたが、何はともあれデヴィッド・リンチである。待ちに待った新作「インランド・エンパイア」がついに公開となった。だいたい僕は映画を観るときには過度な期待はしないようにしている。その方が見終わったあと得られる満足度が高いからである。どうせなら満足感を味わいたいので、何も無理にハードルを上げることはあるまい。特に世間の評価が高かったり、周りに薦められたときは用心するようにしている。
しかしこの作品だけは期待せずにはいられない。よく劇場サイズの90分にするために編集でカットするなんてことがあるが、それは監督の意向とは相反するものだったりする。この「インランド・エンパイア」は3時間という長尺であることから、そうした制約から解き放たれ、監督のやりたいように出来たんじゃないか、と推察できる。
また監督デビュー30周年となる節目の作品であり、ローラ・ダーンを再び起用したことやジャスティン・セロウ、ローラ・ヘリング、ナオミ・ワッツ(声のみ)といった「マルホランド・ドライブ」組の参加などから、何となくこの作品にかけるリンチの思いが伺える気もするし、それに漏れ聞こえてくる話などからも、これはデヴィッド・リンチの集大成であり、最高傑作となるのではないかという予感もあって、期待するなという方が無理な話である。
デヴィッド・リンチの知名度からすれば、上映規模の小ささが気になるが、それだけ一般受けは難しい作品ということだろう(その判断は正しかった…)。そのことも逆に期待を抱かせた。こうして不覚にもハードルを上げまくってしまった。
■
さて、実際観た感想だが…はっきり言ってよく分からないというのが率直なところだ。内容が分からないのは、まあいつものことなのでいいのだが、どう言ってよいのか分からないのだ。
実は映画の半分、いや3分の2ぐらいまではどちらかと言えば落胆の気持ちが大きかった。どうひいき目に見てもこれは絶賛は出来ないなと。それどころか、いかにリンチと言えど、このままではただじゃ帰さんぞ(いや帰らんぞ)という気でいた。こんなものを3時間も見せ続けられるのかと。
リンチワールドといえばリンチワールドで、初めの数分を見ればこれがリンチの映画だとすぐ分かる。集大成といえば聞こえはいいけど、悪くいえば単なる焼き直しに過ぎないのではないか。何かが起こるんじゃないかという期待が常にあるから退屈することはないが、ほとんどまるで刺激がないまま進むのでちょっとつらい。
映像だって特に美しいとは思えないし、印象的なシーンも余りない。執拗なまでの顔のアップも気になった。それが綺麗な女の子だったりするとまだ救いようがあるのだが、今のローラ・ダーンを綺麗な女の子と呼ぶのはいささか無理がある。彼女はけっこう好きな女優なのだが、この作品の彼女には正直余り感情移入できなかった。アップになるたび、老けたなあ、という思いが先にきてしまうのだ。なかなか凄みのある演技を見せてくれていただけに残念ではある。
ストーリーはますます難解さを増している。飲み込みの悪い僕にはちょっとついて行けない。ただ明確なストーリーや明確な結末がなくても、いい映画というのはたくさんあるし、むしろそう言う映画の方が好きだったりする。大体リンチ映画もそういう傾向が強いわけだし。だから難解だというのは直接的な減点対象にはならないが、それにしても、である。
それでも後半は少し巻き返しを見せたという印象がある。しかしあくまで、前半の借りを返したというだけで、トータルでは貸し借りなしのゼロだ。何しろよく分かっていないのだから、内容についてあれこれ言えないが、満足度という意味では100点満点で60点、まあ平均点かなというところだ、今のところは。
「マルホランド・ドライブ」を観たあとは、すぐさまもう一度観たい!と思ったものだが、この作品をもう一度観たいかと言われれば、特にすぐには観なくても、まして劇場で観なくてもという感じでしょうか。ただこのまま訳の分からないままでは悔しいので、ネットなどで情報を収集しつつ、レンタルされたら見直してみたいという感じだ。
■
たまたま昨日井筒監督がテレビでこの映画を語っていた。やはりよく分からないと言っていた。「人に分からない映画を作るな」と怒っていた。
井筒監督の言うことは確かに一理ある。だが分かりやすいものばかり作ろうとするから映画がつまらなくなるという側面もあると思う。その結果皮肉にも、井筒監督自身が番組冒頭で言っていたように「ハリウッドの映画は子供向けばっかりだ」ということにつながるのである。誰にでも分かるような映画というのは、突き詰めれば子供にも分かるということになるからだ。
ただそれが悪いとも思わない。誰にでも分かってなおかつ優れた映画というのも多く存在する(映画の総量からするとごくわずかではあるとしても)からだ。しかし一方でデヴィッド・リンチのようなやりたいことをやる、自己の欲求に忠実な監督がもっといてもいいと思う。リンチの場合は極端としても、もっと野心のある、あるいは骨のある作品がヒットしてもいいのにと思う。要はバランスの問題で、そういう意味では今の映画界は不健全な状態にあるという気がしてならない。
僕は井筒監督の作るようなエンターテイメント指向の強い作品も嫌いではない。むしろ「パッチギ!」はけっこう好きだ(ベタだけど、泣ける)。ただデヴィッド・リンチの作品とは分野が違うというだけだ。そうした多様性こそが映画のいいところだと思うのだが。
「人に分からない映画を作るな」というのはおそらく大方の意見だろうが、それはピカソに「デタラメな絵を描くな」と言ってるようなものではないか。
確かに彼の作品はマスターベーション的性格が強いかも知れないが、マスターベーションだって技巧を凝らし、ショーアップし、魂を注入すれば、優れたエンターテイメントや芸術になりうるのだ。芸術って本来そういうもんではないだろうか。ただ今回はそこまでの(人を激しく感動させるだけの)レベルに達しなかった(あくまで僕の印象ですが)というだけだ。
・「インランド・エンパイア」オフィシャル・サイト http://www.inlandempire.jp/index_yin.html
★Today's Set
1.Black Tambourine(Beck)
2.The Locomotion(Little Eva)
「大日本人」(2007) [映画の観方]
<監督> 松本人志
<出演> 松本人志
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「大日本人」を観に行ってきました。
結論から言えば、僕は面白かったです。
世間の評価は分かりませんが、おそらく賛否まっぷたつに分かれるでしょう。
それも否の方が少し多いような気がします。何となくですが。
ただ面白かったと言っても、笑えたというのとはちょっと違って、
いや笑える要素も少なからずあるんですが、基本的に笑わせる映画じゃない気がします。
だから笑いだけを期待して観に行った人にとっては、
ちょっとつらかったんじゃないでしょうか。
僕は少なくとも退屈はしませんでした。むしろ最後まで一時も目が離せませんでした。
ハードルを下げて臨んだのが功を奏したのか、2時間あっという間でした。
エンディングを迎えたときは「え、これで終わり?」という感じでしたが…
周りのお客さんも、たぶん同じ気持ちだったんじゃないかと思います。
みな一様にぽかんと呆気にとられたような顔で、何か適切な言葉を探そうとするんですが、
出て来ないという表情をしていましたから。
これを映画と言っていいかという議論はあるかも知れませんが、
その辺の映画よりはよっぽど個性があって、野心的で、僕は好きですけどね。
もっともそうじゃなければ、わざわざ松っちゃんが撮る意味がないですし、
そういう意味では、まさに松本ワールド全開といった感じの映画だとは思います。
最後のすかし方などは、ちょっとデヴィッド・リンチっぽいな、とも思ったりしました。
(すかし名人デヴィッド・リンチについてはいずれ書くつもりです…)
以前から感じていたんですが、デヴィッド・リンチの描く狂気の世界と、
松本の目指すシュールな笑いの世界は、実は紙一重なんじゃないかと。
そんなわけで、松本人志ファンとしてはオッケーなんだけど、
映画としてはちょっと物足りなくて、だから絶賛はしませんが、
でもその辺の映画よりは楽しめるし、僕は割と好き、というような映画でした。
「ミーン・ストリート」(1973) [映画の観方]
<原題> Mean Streets
<監督> マーティン・スコセッシ
<出演> ハーヴェイ・カイテル、ロバート・デ・ニーロ
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借金は返さない。親友にも平気で嘘をつく。
おまけに短気で衝動的。
通りすがりの相手に殴りかかったり、向いのアパートに銃をぶっ放したり、
完全にネジが一本とんでいるとしか思えない。
絶対友達にはなりたくないタイプだ。
そんな絵に書いたような、どうしようもない男ジョニーを、
若きロバート・デ・ニーロが魅力的に演じる。
やっぱり、この頃のデ・ニーロは最高だ。
なんてったって、あの松田優作が意識するくらいだもの。
「レイジング・ブル」や「タクシー・ドライバー」のデ・ニーロもいいけど、
個人的にはこの「ミーン・ストリート」のデ・ニーロが一番好きだ。
主演のハ−ヴェイ・カイテルには悪いけど、完全にデ・ニーロの映画だね、これは。
■
厄介物のジョニーを、「根はいいやつ」と言ってかばい続ける
親友のチャーリー(ハーヴェイ・カイテル)。
この映画は、そんな二人の友情を超えた物語であり、
ニューヨークのリトル・イタリーの若者の日常をリアルに描いた青春映画だ。
とまあ、簡単に言うとそういうことになる。
この作品では“魂の救済”というのがひとつのテーマになっていて、
信仰に目覚めたチャーリーは、これまでの自分の過ちを償うため、
自らに精神的な刑罰を望む(精神的マゾ?)。
それがジョニーを救うこと。
まるで二人の関係は、愚かな行為をくり返して止まない「人間」と、
その罪を一手に引き受ける、「イエス・キリスト」のようにも思えてくる。
■
この映画の魅力を一言で語るのは難しい。
インディペンデント系特有の向こう見ずなイキのよさ、
インプロヴィゼーションによるリアルな演技、
新進気鋭の監督のとんがったセンス、
名を挙げようと目論む若き名優たちのギラギラした演技、
アンチハリウッド的な、唐突なラスト…
しかしやはり何といっても、デ・ニーロだ!
ただ、エキセントリックでクレイジーなだけでなく、
背景にある、貧しい社会、犯罪と隣り合わせの日常、
満足な教育も受けられない環境…
といったバックグラウンドまで見事に体現している。
それは演技というものを越え、完全にジョニーに同化しているといっていい。
銃をぶっ放した後に、興奮覚めやらぬ状態の中、
銃を手に持っていることなどすっかり忘れてしまったかのように、
カイテルにあっさり銃を渡してしまうシーンの自然さがいい。
■
もう一つこの映画でカギとなるのが、ポップチューンの粋な使い方だ。
古くは「ウッドストック」(編集)に始まり、
ザ・バンドの「ラスト・ワルツ」(監督)や
ボブ・ディランの「ノー・ディレクション・ホーム」(監督)、
「THE BLUES Movie Project」(製作総指揮/監督)といったドキュメンタリーもの、
ドラマではサックス奏者を描いた「ニューヨーク・ニューヨーク」(監督)、
「ラウンド・ミッドナイト」(出演)と
音楽そのものを題材にした作品も数多いスコセッシだけに、
音楽には相当のこだわりがあるとみえ、
冒頭のロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」など
印象的な使い方が目を引く。
中でも特に印象深いのが、
ジョニーがチャーリーの待つ酒場にやってくるシーン。
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赤く妖艶なライトに照らされた店内。
そこへジョニーが二人の女性を連れて入って来る。
ジョニーを見つけたチャーリー。
と、音楽が消え、チャーリーの心の声。
《 刑罰があそこにやってきました 》
すかさず「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のリフ。
スローモーションでチャーリーに迫っていくカメラ。カット。
女性を両脇にかかえ、チャーリーの元へ近付いてくるジョニー…
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イカしたシーンだ。
ジョニーのテーマ曲のようなこの曲は、
まるでこのシーンの為に書かれたのではないかというくらい
シーンにマッチしている。
★Today's Set
1. Jumpin' Jack Flash(The Rolling Stones)
2. Be My Baby(The Ronettes)
3. Please Mr. Postman(The Marvelettes)
4. Steppin' Out(John Mayall & The Blues Breakers)
5. I Looked Away(Derek The Dominos)
6. Tell Me(The Rolling Stones)
「ゆれる」(2006) [映画の観方]
<監督・脚本> 西川美和
<出演> 香川照之、オダギリジョー、蟹江敬三
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久々に骨太な日本映画を観たような気がします。
こんなにガッツリと演技の奥深さを見せてくれる映画も、
あまりないんじゃないでしょうか。
スタイリッシュでありながら、重厚なドラマに仕上っており、
心理サスペンスとしてもよく出来ていると思います。
■
オダギリジョー、雰囲気ありますね〜。悔しいけどかっこいい。
香川照之…
中国映画「故郷の香り」での聾唖の役を目にして以来、気になってたんですが、
改めてその才能を確信しました。日本人では今一番楽しみな俳優かも知れません。
あと何気に(というのは失礼ですが…)蟹江敬三がよかったです。
これまで強く意識したことはなかったですけど、さすがですね〜。
■
しかし何といっても、ゆれる感情、ゆれる記憶といった、
不確かな人間の内面に鋭く迫った脚本(西川美和)が秀逸!
また俳優たちの演技を最大限に引き出し、それを捉えた西川の手腕が光ります。
女性らしく、繊細でねっとりした描写が印象的です。
この監督のことはよく知らなかったんですが、非凡なセンスを感じました。
オープニングもいいけど、エンディングがまた見事です。
まるでロス五輪の鉄棒で、森末慎二が見せた着地のように、完璧な着地感。
この辺の感覚は人それぞれなんでしょうけど、少なくとも僕にとっては、
ここしかないというところへ、ぴたっと収まった感じがあります。
ソウルフルなカリフラワーズの音楽も素晴らしい。
いやあ、日本映画も捨てたもんじゃないですね。
★Today's Set
1.うちに帰ろう(カリフラワーズ)
「ゆれる」公式サイト http://www.yureru.com/
ケヴィン・スペイシーの死にっぷり [映画の観方]
ケヴィン・スペイシーはどんなに端役であろうと、強烈なインパクトを残す人だ。
彼が出ているだけで内容はどうあれ、とにかく観てみたいと思うもの。
それにしてもこの人、死ぬ役が多いですね。
「死ぬシーンがあること」というのが、出演作品を選ぶ条件にあるんじゃないか、
というくらい死ぬ役が多い。
そしてそれぞれ実にバリエーション豊かで、印象的な死にっぷりを見せてくれる。
これほど見事な死に様を見せてくれる俳優はちょっと他に見当たらない。
だから彼が出てくると、今度はどんな死に方をするんだろうと密かに期待してしまう。
「アメリカン・ビューティー」では、冒頭ケヴィン演じる主人公のナレーションによって、
まさに初めから死ぬことが予告されるわけですが、
終盤(死)へ向け、いやが上にも期待が高まる中で、
彼はそれを裏切らない、見事な、そしてエレガントな死に様を見せてくれます。
この人の死に際の演技は、もはや名人芸ですな。
ボブ・ディラン「ノ−・ディレクション・ホ−ム」〜視線の先にあるもの〜 [映画の観方]
<原題> No Direction Home
<監督> マ−ティン・スコセッシ
<公開> 2005年
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■
先日「ノ−・ディレクション・ホ−ム」を観にいった。
小さな劇場だし、金曜ということもあり、
ひょっとして座れないんじゃないかと思い、少し早めに行ったんだけど…
席はガラガラ。とんだ取り越し苦労だった。
たしかに3時間半は長いけどさ…それにしても、ちょっと寂しいなぁ。
思った以上に世間はボブ・ディランに関心ないらしい。
ま、でも混んでるより、空いてる方が落ち着いて観られるからいいけど。
この映画は、おそらくボブ・ディランのキャリアの中でも、
もっとも輝いていたであろう、60年代の彼にスポットを当てたドキュメンタリ−で、
ふんだんに盛り込まれた当時の演奏シ−ン、
インタビュ−やオフショットなど貴重な映像に加え、
ディラン本人や関係者たちが当時を振り返り、歴史の真実に迫る。
それにしても、60年代のボブ・ディラン、カッコよすぎ!!
これを見ると、当時の彼がいかに魅力的で、カリスマ性を持っていたかが分かる。
ジョン・レノンやジミ・ヘンドリックスが影響を受けたのもうなずけるってもんです。
■
「ライク・ア・ロ−リング・スト−ン」で幕を開けた瞬間から
脳内のエンドルフィンがバババっと、大量に分泌されていくのを感じた。
達観したような表情で、中空の一点を見据えながら歌うディラン。
聴衆に対してというよりは、彼にしか見えない“何か”に対して歌っているかのようだ。
彼が素晴らしいのは、周囲に左右されず自分の信念を貫き通したこと、
自らのア−チストとしての欲求に忠実だったことだ。
マスコミに踊らされることもなければ、ファンに媚びることもない。
そういう意味では彼はエンターテイナーではなく、真のアーチストと言える。
熱烈なファンから「裏切り者」と非難されることとなった、
フォ−クからロックへの“転身”も、
「フォ−ク界のヒ−ロ−」「プロテストシンガ−」…
というパブリックイメ−ジに縛られることなく、
ア−チストとして自由であろうとした結果で、
常に変化を求めていた彼にしてみれば、ごく自然な成りゆきだったのだろう。
実際、彼の曲はライブの度に姿を変えていたようだし、
それは、この映画をみればよく分かる。
当時活動を共にしていた、ジョ−ン・バエズも
同じ曲でも昨日と今日で拍子が違っていた、と証言していた。
そこからは、常にいいものを模索する姿勢であったり、
その日の気分や感覚を大事にし、
まさにライブ感をステージに反映させようとする姿勢が感じられる。
そうしたディランの変化に対する周囲の過剰な反応が、
彼への攻撃という形となって表れた、ひとつの象徴的な事件が、
1966年 英国ツアーでの伝説的なライブだ。
前半はいつも通りアコギでの弾き語り。
だが、後半エレキに持ちかえ、バックバンドを従えて登場すると、
激しいブーイング。
そんな中 淡々と、しかし最高のパフォ−マンスを見せつけるディランの姿に
思わず胸が熱くなる。
エンディングで再び「ライク・ア・ローリング・ストーン」。
「裏切り者!」と野次られ、
「お前は信じない!」 と返したディランが次に歌ったのがこの歌だ。
彼が客席でなく、中空を見つめていた訳が少し分かったような気がした。
視線の先には、彼の信じるものが見えていたに違いない。
★Today's Set
1. Like A Rolling Stone(Bob Dylan)
2. You've Got A Hide Your Love Away(The Beatles)
3. All Along The Watchtower(Jimi Hendrix)
4. Ballad Of A Thin Man(Bob Dylan)
5. Blowin' In The Wind(〃)
6. A Hard Rain's A-Gonna Fall(〃)